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前田まつといえば、才色兼備の戦国美女として、たいへん有名です。
なんだか戦国大名家って、美女だらけな気がしてきました。
 
お市、ねね、ガラシャ、お初、そして、こちらのおまつ、この辺りの方々は、美女と伝えられてます。
 
まつの場合、社交的で機転の利く聡明さにプラスした美しさが映えているように感じます。
 
今回は、まつの人柄がうかがえるエピソードや利家とのあれこれを、紹介していきます。

 

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前田利家の従妹で幼なじみ

 
 
まつ(1547年~1617年)が、前田利家の正室となったのは、12歳のときです。
利家とは10歳の歳の差でした。でも、まつは利家の従妹で、4歳のときから利家の家で家族のように暮らしていました。
 
前田利家については、こちらにくわしく書いています。(*‘∀‘)

   ↓↓
前田利家・荒くれ者「槍の又左」から「加賀百万石」の大名に!
 
 
2人が結婚した翌年、利家の喧嘩っ早い短所が、とんでもない形で出てしまいます。信長様のお気に入りの弟を切り捨てるという暴挙に出て、織田家を追放されてしまうのです。
 
つまり、結婚1年後に、旦那が社長の逆鱗に触れ、会社をクビになって失業してしまったのです。しかも、このとき、まつは13歳で、ちょうど長女を出産した頃でした。
 
でも、なぜか、まつさんは、利家に愛想を尽かしません。
 
やんちゃな「かぶき者」が、タイプだったのでしょうか?
多分、そうなんでしょうね。
 
ちょっと不良っぽくて、でも強くて漢気がある利家だから許せたのでしょう。(←想像です)
でも、この夫婦のおしどりぶりは、戦国カップルの中でも断トツです。
ただ、仲が良いというだけでなく、後述しますが、まつの前田家への献身ぶりが素晴らしいのでした。
 
利家は、3年後、織田家に帰参できましたが、そこは戦国の世です。
夫はいつ戦死するかわからないし、社長があの信長様なので、何が起こるかわからない、それでも、まつは、徹底的に夫の味方をして、前田家第一に考えて行動します。
 
このあたりが、妻として母として、すごくかっこいい女性だと思うのでした。
 

ねね(北政所)と大親友

 

 
まつの力は、夫の利家が秀吉とぎくしゃくしたときに、大きいに発揮されました。
 
それもこれも、まつは、秀吉の正室ねねと大親友だったのです‼
まつとねねの友情は、すごくうらやましくほほえましいなと思います。
 
女性同士の友情ははかないとか言いますが、彼女たちは、戦友のような家族のような間柄だったのでしょう。
 
秀吉とねねが結婚する際に、利家とまつが仲人になりましたし、ねねには子供が生まれなかったので、まつと利家の娘・豪を養女に出しています。
 
家族同然のようですね。
性格的にも、本当に馬が合ったのでしょう。
 
どちらも戦国最大級の聡明で美しい奥さまだったと、後世の評価も高いです。
この2人が同時代に同じく信長の家臣の妻となり、同じ長屋のお隣さんだったというのが、おもしろいです。
 
ちなみに、まつは、秀吉の母親の「なか」とも、仲が良く、なかの畑仕事を手伝ったりしていました。

 
 

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賤ヶ岳の戦い

 

 
まつの決心は、後々、前田家の命運を左右するようなことが何度もありました。
 
その1つが、「賤ヶ岳の戦い」です。
 
この戦いは、信長亡き後の織田家の覇権争いで、織田家筆頭で、信長の妹・お市を妻とする柴田勝家と、天王山で信長の仇討ちをした秀吉との間の合戦です。
 
この時、前田利家は、勝家の与力(部下)だったこともあり勝家側で参戦していましたが、どうしたわけか速攻で戦線離脱し、府中城に戻ります。( ̄▽ ̄)
 
この戦いは、利家が秀吉側についたことで、勝敗が決まるのですが、まあ、このときは、一応中立の立場でした。
 
この後、柴田軍を追撃するため越前(福井県)北ノ庄城に向かう秀吉が、利家の府中城に単身で立ち寄り、なんと、利家のところではなく、単身・台所へ行ってまつに話かけたと言います。(府中城は北ノ庄城への通り道にあります)
 
秀吉がまつに言ったのは、養女にした豪が健やかに育っているという近況報告・・・。(・_・;
 
そして、「利家のおかげで勝つことができた」ということでした。
(利家が戦線離脱したことで「賤ヶ岳の戦い」が秀吉優勢と決まったようなものでした)
 
そのとき、まつは、瞬時に秀吉の言葉の真意を理解して、夫だけでなく息子・利長も同行出陣させると決断するのです。
つまり、このまつの決断で、完全に前田家は中立から秀吉側に立場を変えたのでした。
 
その後、秀吉が勝って、前田家が安泰になったのは、周知のとおりです。
この決断力、漢気(女性ですが)、素晴らしいと思いませんか?
 
でも、彼女の肝っ玉の大きさを最も象徴するのは、関ケ原直前の行動です!

 

徳川(江戸)の人質になる

 

 
秀吉も利家も亡き後、1600年の関ケ原の戦いの前、息子の利長が継いだ前田家に謀反の疑いがかかります。
 
征伐するという徳川家康に対して交戦する気満々の利長をいさめて、まつ(芳春院)は、疑いを晴らすため、自ら人質として江戸に下ることを決意します。この下向の手配をしたのは、そうそうたる豊臣政権の代表でした。
 
ともかく、まつ(芳春院)が江戸に下向し、利長が北陸の関ヶ原「浅井畷の戦い」で徳川方(東軍に)ついたため、前田家の領地は、そっくりそのまま利長の領地として残ったのでした。(西軍よりだった次男・前田利政の領地は没収されました。)
 
まつ(芳春院)は、このときから14年間、江戸に留まります。

 

おわりに

 
まつ(芳春院)の伝えられる性格やエピソードを紹介しました。
大河ドラマや漫画などで描かれるまつは、利家とのラブラブ夫婦、良妻賢母、前田家の策士という感じですね。
 
本当にかっこいい女性で、大好きです。(≧◇≦)
 
●才色兼備を絵に描いた女性♥
 
●初産が13歳で子供を11人も産んでいる(戦国時代でも多産記録っぽい)
 
●夫亡き後も前田家を守り抜いた女性
 
●ねね(北政所)と大親友だった

 

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