西軍援軍「大内政弘」の上京が、結果的に戦乱を長引かせる原因になった

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こんにちは。
 
 
1467年、「上御霊社の戦い」で始まった「応仁の乱」は、その後の同年5月の「上京の戦い」の後、小康状態になります。
 
 
このまま尻すぼみで治まったらいいなという感じですが、やる気満々の山名宗全は、地方諸侯に号令を発し、援軍を求めました。
 
 
元気なじいさんですね、ほんと。

 
 

大内政広の上京

 

 
西軍の援軍として駆けつけようとしていた大内政弘の兵は、中国四国地方・瀬戸内の水軍でした。
しかも、周防国、筑前国など8か国の兵からなる大軍です。
 
 
それが、とうとう上京してきたのです。
総勢2万人に及ぶ大内軍は、摂津国を突破して、都の東寺に到着しました。

 
 

相国寺の戦い

 

 
大内政弘という力強い援軍を得た山名宗全は、1467年10月3日、東軍の拠点・相国寺と花の御所に攻め込みました
 
 
相国寺と花の御所は、隣同志です。当時の相国寺は、今よりずっと広く、現在の同志社大学から烏丸中学校の辺りまでほぼ全部がお寺でした。
 
 
3日午後になると、畠山義就、大内政弘、土岐成頼らが2万の軍勢で相国寺を包囲します。相国寺の内部に西軍に通じている僧侶がいて内側から放火したこともあり、相国寺は西軍に制圧されました。そして、隣の花の御所も、西軍に攻められ半焼します。(将軍は、東軍側にいます。)
 
 
なのに、翌4日になると、なぜか、あっさり東軍が相国寺を奪還したのでした。
 
 
結局、なんだったのー!?と思えるグズグズした戦いで、最終的には互角で勝負がつかなかったのです。
 
 
あああああ、もう、いっつもそんな感じですね。
 
 
この「相国寺の戦い」が、「応仁の乱」でもっとも激戦となった戦いなのでした。
 
 
勝敗はつかなかったのですが、両軍のダメージはとても大きく、当分、立て直しのために戦う事はできなくなりました。

 
 

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大内政弘を帰国させたのは日野富子だった

 

 
大内政弘は、「相国寺の戦い」の後も、西軍の主力諸侯として、最後まで京に残ります。
 
 
実は、1470年、乱の最中に、所領の周防国で叔父の大内教幸が反乱を起こすという事態になりました。でも、政弘は、重臣の陶弘護の活躍で、なんとかそれを鎮圧することができたのでした。
 
 
大内政弘が、「応仁の乱」の最後まで京に残ったのは、戦の成果が得られず、なかなか帰国できなかったというのもあったのです。当時の武士は、とにかく「武士のメンツ」にこだわっていました。
 
 
それを、帰れるようにしたのは日野富子です。
 
 
彼女は、朝廷に働きかけて大内に官位を与え、周防国など4か国の守護を安堵することを約束します。
 
 
大内政弘は、これでメンツが保たれ、一応の成果を持って帰国することができたのでした。

 
 

小京都・萩と雪舟の保護

 

 
「応仁の乱」で都が荒廃し、大内政弘の本拠地、周防国(山口県)にも、京から多くの文化人や公家が下向してきました。
彼らは、都の文化・芸術も一緒に持ち込みました。
 
 
そうして、全国に京の文化が浸透し小京都と呼ばれる町ができたのです。
 
 
大内政弘の所領「萩」も、その1つでした。
 
 
大内政弘は、政治力、軍事力に優れていただけでなく、文化にも精通していました。結構、できる人ですよ。彼は、「応仁の乱」で京から逃れた公家たちを呼び寄せ、文化発展に尽力しました。
 
 
また、雪舟を保護し、明に渡る支度にも力を貸してやり、雪舟が帰国した後も、保護し続けたのでした。
 
 
大内家は、この後、守護大名から戦国大名へと発展していきます。

 
 
【関連記事】
↓↓
「応仁の乱」その後も含めてわかりやすくまとめてみた7つのポイント

 
 

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