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こんにちはー、このかです。

以前、「応仁の乱」の東軍と西軍の大将が、とても好対照と書きました。

世代も違えば、趣味も嗜好も雰囲気までまるで違うこの2人ですが、どちらも「上に立つ立場」という点では同じです。

今回は、宗全が人を説得したときの名言と、勝元が人を使うときに肝に銘じておくべきと考えた名言を、ご紹介します。

今回は、この2人の大将の名言について、お話しします。

山名宗全の名言

およそ例という文字をば、尚後(きょうご)は時という文字にかへて御心あるべし。

この言葉、ちょっと分かりにくいですねー。

「過去の例にとらわれずに、その時に応じて対処することが重要だ」という意味です。

『塵塚物語』に書かれているのですが、「応仁の乱」のとき、東軍、西軍どちらに組するか迷っていた公家に言った言葉です。

新興勢力として成り上がってきた山名宗全が、いかにも言いそうな言葉です。敵方の東軍・細川勝元は、管領筆頭家柄です。伝統や今までの慣例に従うと、公家たちは東軍に就くべきかなと、迷う気持ちがあるのも当然です。そんな彼らに向かって言った言葉なのでした。

これ、現代社会でも、同じですよね。
昔の常識や慣例に盲目的に従うのではなく、新しくても良いものを取り入れるのは大切です。そしてまた、昔からの良いものを残すことも大切です。

温故知新ですね。

現代社会は、今までのどの時代よりも、目まぐるしく社会が変化していきます。こういう臨機応変な考え方や行動が、もっとも必要な時代かもしれませんね。

細川勝元は、伝統を大切にしました。
宗全とは、根っこの考え方が違ったのでしょうね。
対立するのも運命だったのでしょうか。

細川勝元の名言

人の器により、それぞれ使うは君の職(仕事)なり。
ゆえに見損ずるときは、君の過(過失)なり。

「あなたの仕事は、人の能力を見極めて使う事だ。だから、見極められなかったのは、あなたの過失なのだ。」という意味です。

冷静に考えられる人だなあと思います。

これ、今の企業の採用担当者にも言える言葉ですよね。
現代のビジネス書にも、十分使えそうな言葉です。

採用した人が期待外れだったとき、その人が悪いわけではなく、非は選んだ自分にあるんだと考えようということです。

人を選ぶというのは、難しいものです。

細川勝元は、私は割と頭が固いというイメージがあったのですが、合理的な考え方ですね。

これが、足利幕府の№2の人の言葉だと思うと重いです。

どんなに権力のある人でも、他人の考えや行動を変えることは、なかなかできないのです。

彼は、16歳で管領になり、23年間勤めていますから、いろんな人間を見てきたはずです。そして、いろんな人を、使ってきたでしょう。その経験の中から生まれた言葉なのだから重いですね。

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おわりに

500年以上前に生きた彼らの言葉を紹介しましたが、ぜーんぜん、今でも通用する「名言」でした!

人の世は、変わっているようで本質は変わらないのです。

細川勝元は、他に「短慮功を成さず」という言葉も残しています。

「短気な振る舞いは、往々にして失敗の種になり、後悔の元になる。人は簡単に腹を立てたり、一時的な感情のままに性急に判断を下すべきではない」という意味です。

今回、これを取り上げなかったのは、古今東西、いろんな偉人が教訓として使っている名言だからなのです。

もう、誰もが当てはまる戒めの言葉だと思います。

私は、すぐにカッとなるパワーはないので、怒りっぽくはないのですが、一次的な感情のままに「衝動買い」することはいっぱいあります。

たくさん持ってるのに「あ、かわいい~♪ ほしい~♪」って。

昨日も、久しぶりに用事で京都に行って、ついポルタで買ってしまいました。
・・・がま口の小銭入れ。

数百円のものなのですが、いくつも家にあるんです。
使わないのに、もったいないですね。

私のしょーもない衝動買いとは、全然重みが違いますが、この言葉、策士らしい勝元がいかにも言いそうだなあと思ったのでした。

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