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こんにちは!
 
 
今回は、マリーアントワネットのお気に入り♥ポリニャック夫人について!
 
 
ポリニャック夫人は『ベルばら』にもしっかり登場する「顔は天使、心は悪魔」風な貴婦人です。
 
 
なかなか、女の生き方として考えさせられるものがありますよ。

 
 

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◆天使のように美しいポリニャック夫人

 

【出典元:Wikipedia】

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ポリニャック夫人の肖像画
 
 
かわいい~♥ これは、かなりの美女です。
『ベルばら』でも「天使のよう」と形容されていましたが、マシュマロみたいなふんわりした雰囲気の美女ですね。
 
 
これで、めちゃくちゃ明るくて楽しい社交的な性格だったので、性格が似ていたマリーアントワネットは惚れるでしょう。
 
 
マリーアントワネットは、「陶器のような白い肌」とお肌をほめられることはあっても、そんなに美人ではありません。そして、彼女は、美人のお姉さまが大好き(友人としてですよ、多分)でした。
 
 
ポリニャック夫人は、同じく王妃のお気に入りだったランバル公夫人と同い年で、王妃より6歳年上です。でも、王族と血のつながりのある高貴なランバル公夫人と違って、ポリニャック夫人は貧乏な没落貴族の妻でした。
 
 
そして、彼女は、マリーアントワネットに取り入ろうという下心があって近づいたといわれています。こんな顔してんのに性悪だったんですって。
 
 
彼女は、ベルサイユの社交界にデビューすると、またたくまに王妃の寵愛を得て、側近中の側近になっていきました。
 
 
これだけ美人ならいけるでしょう。妖精みたいですよ。
 
 
ちょうど、忠実だけど控えめで大人しいランバル公夫人に物足りなさを感じ始めていたマリーアントワネットは、どんどんポリニャック夫人に惹かれていったのです。
 
 
マリーアントワネットは、王妃になってから、息がつまるベルサイユ宮殿を離れて、小さな離宮プチトリアノンで、お気に入りの側近のみを招いて豪奢なパーティーを開き、繰り返し遊んでいました。
 
 
彼女は、一部の「お気に入り」以外の貴族を「退屈な人たち」と軽蔑し、相手にしなかったのです。とにかく、マリーアントワネットは、好き嫌いがはっきりしていて、それを態度に表わすので、敵が多かったのでした。
 
 
そうして、敵対する貴族たちに「浪費家でどうしようもない好色な女」とひどい中傷を広められていったのです。
 
 
王妃という立場を考えると、このような人心を考えない率直な物言いは、「無邪気な性格」では済まされないことです。
 
 
でも、マリーアントワネットは、ついに最後までそのことには、気づきませんでした。まあ、これは性格だから仕方がないのかもしれません。
 
 
さんざん母のマリアテレジアがメルシー伯を通して忠告しましたが、無駄でしたから。

 
 

◆王妃に取り入って浪費させた悪女だった?

 

【出典元:Wikipedia】

 
マリーアントワネットが、ポリニャック夫人に夢中になったころ、ポリニャック夫人は経済的なことを理由に宮廷を去りたいと言い出します。
 
 
「お金がない」と正直に言うポリニャック夫人を、マリーアントワネットは「なんて正直で素直な人なんでしょう」と思うのです。
 
 
でも、実際には、これは王妃を落とすためのポリニャック夫人の巧妙な作戦だったといわれています。はい、マリーアントワネットは、人を見る目が全くなかったのでした。悲劇です。
 
 
マリーアントワネットは、ポリニャック夫人に宮廷に留まるように涙を流して説得し、50万リーブルもの下賜金を与えて、宮殿内に住まわせるようになったのです。これはランバル公夫人の3倍以上の額でした。
 
 
どれほどポリニャック夫人が、王妃の心に支えになっていたか分かるエピソードですね。なんとしてでも引き留めたかったという・・・
 
 
それだけマリーアントワネットが、孤独だったということでもあります。
 
 
そして、マリーアントワネットは、「女官長」の地位もランバル公夫人からポリニャック夫人に移し、失意のランバル公夫人はそのまま宮廷を去りました。
 
 
マリー・アントワネットの浪費は、このポリニャック夫人によって、どんどん増えていったのです。そして、その浪費のうわさは、どんどん民衆の間に広まっていったのです。
 
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◆革命が始まると真っ先に王妃を捨てて外国に亡命した

 

【出典元:Wikipedia】

 
どの肖像画を見てもポリニャック夫人は、ふんわり系美女なんですが、中身は相当たくましくてずる賢かったと思われます。
 
 
彼女は、王妃から金と権力を与えられ一気にのし上がることができました。でも、フランス革命がはじまると、真っ先に王妃を見捨てて、家族を連れてフランスを逃げ出したのです!
 
 
もちろんマリーアントワネットからもらった多額の下賜金を懐にしっかり抱いて・・・
 
 
なかなかたくましいでしょ?
でも、家族から見たら、すごく献身的な妻であり母であったかもしれませんよ。
 
 
『ベルばら』では彼女の娘は、自殺してしまいましたが、実際の娘と息子たちは、一緒に亡命して生き残っています。
 
 
でも、ポリニャック夫人は、その後、マリーアントワネットが処刑されたその年(1793年)に、オーストリアで病で亡くなったそうです。
 
 

◆ポリニャック夫人の子孫は?

 

 
貧乏な没落貴族だったポリニャック夫人ですが、なんとその子孫は、現代まで続いているのです。
 
 
びっくりなたくましい一族ですよ。
 
 
彼女の3男の血筋が、今のモナコ王室まで続いているのだそうです。
 
 
3男の子孫のピエールがモナコ大公ルイ2世の娘シャルロットと結婚し、生まれたのがレーニエ3世なのでした。
 
 
そうです、あのグレースケリーを后に迎えたレーニエ3世です。
 
 
ああ、歴史ってすごい・・・・・
 
 
ポリニャック夫人は、やっぱり「家族」から見れば、救世主のような聖母のような人だったのかもしれないなと、ふと思うのでした。
 
 
やっぱり美しいですし・・・・
(多分、私もあの天使の笑顔にだまされそう)
 
 

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