この記事を読むのに必要な時間は約 8 分です。


 
「内乱の一世紀」と呼ばれる時代の後半、古代ローマは同盟市や奴隷の反乱によって殺伐とした社会になっていました。
 
 
戦いの舞台がローマ市内だったため、多くのローマ市民が犠牲になり街は破壊されてしました。
 
 
そうして、もういい加減なんとかっせにゃらなんと立ち上がったのが、第一回三頭政治を行ったこの3人
    ↓
カエサル・ポンペイウス・クラッススでした。

 
 

スポンサーリンク

「スパルタクスの反乱」を制圧した

 

 
前73〜前71年、剣奴・スパルタクスを頭とした「スパルタクスの反乱」が起こり、ローマは混乱が続きました。剣奴というのは、円形闘技場などで「見世物」として殺しあうために訓練された特別強い奴隷たちのことです。
 
 
この反乱は、最後はスパルタクスが戦死して収束しました。
 
 
反乱を鎮圧したのが、閥族派スラの弟子で大金持ちのクラッススですそして、最後の最後に反乱軍の残党を始末したのが同じくスラの腹心だったポンペイウスでした。
 
 
この2人は有力者として競い合うライバル同士です。
 
 
ポンペイウスが前70年にコンスルに立候補するとクラッススも立候補し、2人一緒にコンスルに当選してます。相当張り合ってますね。
 
 
その後、ポンペイウスは前64年にセレウコス朝シリアを滅ぼすという華々しい活躍をしました。でも、この大活躍は「元老院」をとおさず行ったため、元老院議員たちに調子に乗ってると思われ嫌われてしまいました。
 
 
権威にしがみつくおっさんらのやることは陰険です。それから元老院はことあるごとにポンペイウスに嫌がらせをするようになり、ポンペイウスは閥族派だったのに元老院と対立していったんです。
 
 
このとき、ローマにはもう1人、目立つ有力者がおりました。その名はユリウス=カエサル
 
 
あの平民派マリウスの甥で街一番の人気者、その上、軍事の天才でした。
 
 
女たらしで人たらし、そんなにイケメンじゃなかったのになぜかモテる男・カエサルは、とにかくめっちゃ人気がありました。
 
 
庶民派で下の者、つまり部下に優しかったので、部下から慕われ戦術も思い通りです。
 
 
あまりにも高い人気で実力もともなっていたため、対立していた閥族派、つまり元老院側はぜんぜんおもしろくなく、彼に嫌がらせをし始めました。
 
 
カエサル、クラッスス、ポンペイウス・・・
 
 
それぞれが富と実力と人気を持つ有力者でしたが、元老院は1人で相手にするにはやはり大きな壁だったんですよ。手に負えんおっさん連中だったわけです。
 
 
だから、「力を合わせて元老院ぶっ潰す?」ということで、3人でこっそり協力し合うことにしたんです。

 
 

クラッススの死で第一回三頭政治はおしまい

 

【出典元:Wikipedia】

 
前60年、カエサル、クラッスス、ポンペイウスの3人は私的な政治同盟をこっそり結んで、元老院と閥族派に対抗し政権を握りました。
 
 
それが「第一回三頭政治」です。
 
 
トップが3人、しかもそれぞれキャラの濃い野心家となれば、うまくいかなくて当然ですね。
 
 
でも、この3人、始めのうちは協力しあってなかなかうまくやっていってたんですよ。いい感じでした。
 
 
ところが前53年、他の2人に対抗心を燃やしたクラッススが、無謀にも東方の強国パルティアを攻撃し、あっけなく討死してしまったんです。これが「カルラエの戦い」です。
 
 
カエサルもポンペイウスも軍人として成果を上げていたので、焦ったんでしょうね。クラッススは大富豪なだけ(でも十分だけど)でしたから。
 
 
クラッススの死によって、残りの2人の雲行きがあやしくなっていきました。
 
 
それもそのはず、彼らがうまくやっていたのは、元老院という「共通の敵」の存在と「3人」という絶妙なバランスの上に成り立っていたからなんですから。
 
 
こうして「第一回三頭政治」は崩れ、カエサルとポンペイウスは対立していきました。

 
 

「賽は投げられた」でカエサルの勝利

 

 
前52年、カエサルはガリア(フランス)を平定してローマの属州に加え、ガリア総督に就任しました。
 
 
クラッススが死んでパワーバランスが崩れたうえ、カエサルの力が大きくなっていったのです。民衆にとって彼は「ガリアの英雄」でした。どんどん人気が高くなります。
 
 
そんなカエサルに危機感を覚えたのがポンペイウスと元老院でした。
 
 
ポンペイウスは、「3人で元老院に対抗しよう」と誓ったポンペイウスは、ここにきて元老院と結びカエサルを倒そうと企んだのです。
 
 
そして、彼らはカエサルに反逆者の汚名を着せました。
 
 
この知らせを受けたカエサルは、すぐにローマへ帰ろうとしましたが、国境のルビコン川まで来たところで立ち止まり考え込みました。
 
 
共和制ローマでは、ルビコン川を渡るときは軍を解散しなければならないという慣習があったのです。
 
 
でも、武装解除して丸腰でローマに入ったら、即逮捕されるのは間違いありません。
 
 
そうして、彼は決心しました。
 
 
「賽は投げられたのだ!」と叫んだカエサルは、軍を率いたまま、ルビコン川へ突入したのです。
 
 
カエサルが逮捕されるのを高みの見物しようとほろ酔い加減だったポンペイウスは、カエサル進軍の知らせを受けるや否や、ビックリ仰天、すぐにローマから逃げ出しました。
 
 
その後、2人は「ファルサロスの戦い」で激突し、カエサルが勝ちました。そうして、ポンペイウスは彼の同盟国だったエジプトへと逃亡したのですが、カエサルの力を恐れたエジプトはポンペイウスを暗殺してしまいました。
 
 
ちなみに、この時のエジプトはプトレマイオス朝です。プトレマイオス13世とクレオパトラ7世が姉弟で共同統治していました。
 
 
あのクレオパトラの登場ですよ。
 
 
権力を握ったカエサルとクレオパトラとの物語は、また次回お伝えします。

 
 

スポンサーリンク