この記事を読むのに必要な時間は約 7 分です。


 
こんにちは!
 
今回は、スペインを「太陽の沈まぬ帝国」と言わせたスペイン国王・フェリペ2世について!
 
 
フェリペ2世は、そもそもものっすごい野心家の神聖ローマ皇帝・カール5世の息子です。
 
 
カール5世は、スペイン国王カルロス1世としてスペインも統治していて、ハプスブルグ家の最盛期を気づいた人でした。なーんとカール5世は、ヨーロッパ統一を夢見ていた人なのです。
 
 
それはフランスやオスマン帝国に阻まれて達成できませんでしたが、オーストリア・神聖ローマ帝国関係の地位と領土は弟のフェルディナント1世にゆずり、両親から受け継いだスペイン・ネーデルラント関係の地位と領土は全て息子のフェリペ2世にゆずりました。
 
 
それでは、フェリペ2世について、簡単に紹介します!

 
 

スポンサーリンク

フェリぺ2世はこんな人

 

【出典元Wikipedia】

 
フェリペ2世は、スペインハプスブルク朝第2代国王(在位1556~1598年)です。
 
 
彼は一時期イングランドの女王メアリー1世と結婚し、その間は共同統治者としてイングランド王フィリップ1世の称号も、持っていました。
 
 
ぞして、1580年からは、フィリペ1世としてポルトガル国王も兼ねました。
 
 
当時のスペインは、世界中各地に植民地を持っていて、1日中領土のどこかで太陽がのぼっていたため「太陽の没することのない帝国」と呼ばれました。フェリペ2世は、そんな大帝国の帝王であり、スペインの黄金期に君臨した国王だったのです。

 
 

新大陸の「征服者」フェリペ2世

 

 
当時のスペイン人は新大陸の「征服者」と呼ばれ民地の巨額の「銀」が本国に持ち込まれました。
 
 
「銀」などの貴金属が大量に持ち込まれるのは、良いことばかりではありません。急激にスペイン国内で通貨の価値が下がってしまい、経済が混乱していまったのです。(価格革命)
 
 
供給が増えすぎて、需給のバランスが崩れてしまったんですね。
 
 
にもかかわらず、フェリペ2世はこの豊かな財源を、対カトリック戦争やみずからの宮廷に湯水のようにつぎこんでいきました。
 
 
その結果、即位翌年の1557年以降に、彼は4度も「破産宣告」をしています。ここら辺の適当さは、ラテンの血でしょうか。

 
 

戦争や宮殿への浪費が国家衰退の原因に

 

 
フェリペ2世は、マドリードの北西に、莫大な費用を使ってエル・エスコリアル宮殿(エル・エスコリアル修道院)を造営しました。これは完成するのに、20年以上もかかったそうですよ。
 
 
この華麗な大建築物の壁画は、当時の新進画家・エル・グレコに任され、スペインの栄華を誇るきらびやかな宮廷が出来上がったのです。
 
 
また、対外政策では、レパントの海戦で勝利し、ポルトガルを併合したりと前半は勢いづいたものの1588年のアルマダの海戦で、無敵艦隊がイギリスに敗北すると、急速に国力は弱体化していきました。
 
 
せっかくの新大陸の恩恵を、戦争と宮殿建設などに浪費して、国家財政も危機的な状況になっていったのです。

 
 

日本の「天正遣欧少年使節団と面会した!

 

 
日本では、1582年に「天正遣欧少年使節」が九州のキリシタン大名、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣されました。4名の少年を中心とした使節団です。発案したのはイエズス会の坊主ですけどね。
 
 
彼らはヨーロッパへ渡り1590年に無事日本に帰国しています。
 
 
その使節団、フェリペ2世と正式に謁見する機会があったのです。びっくり!
 
 
天正遣欧少年使節が首都・マドリードに到着してフェリペ2世に謁見出来たのは、フェリペの息子に王侯貴族たちが忠誠を誓う「王太子の宣誓式」の後でした。かなり大事な儀式の場ですよ。
 
 
フェリペ2世は、キリスト教がはるか東方の国にも広まっていると知り、超ご機嫌で彼らを出迎えたそうです。
 
 
天正遣欧使節団の少年たちは、国王との謁見ということで、もちろん和装フル装備です。これは物珍しさもあって、面白かったでしょうね。
 
 
フェリペ2世は始終ご機嫌で、彼らを抱擁で招き楽しい時間を過ごしたと伝えられます。
 
 
このとき、王太子としてそばにいたのが、当時6歳だった後のフェリペ3世です。
 
 
あのお騒がせ戦国武将・伊達政宗が、1613年に派遣した「慶長遣欧使節」と会ったのが、この人なのですよ!
 
 
意外とこんな時代に、日本とスペインにつながりがあったんと思うと、おもしろいですね。

 
 

フェリペ2世のまとめ

 

 
フェリペ2世は、スペインの絶対王政の最盛期の王であったのですが、その統治時代の後半には早くも衰退期に入っていきました。
 
 
急な資源(銀)の供給で価格革命が起ったことや、戦争などによる多額の出費が国力を衰退させる原因になったのです。
 
 
★フェリペ2世の業績まとめ!

・「太陽の沈まぬ帝国」の国王
 
・スペイン絶対王政の最盛期の王
 
・新大陸の「征服者」
 
・価格革命で経済が混乱した
 
・アルマダ海戦でイギリスに無敵艦隊が敗北
 
・天正遣欧使節に会った(おまけ)

 
【関連記事】
  ↓


 

スポンサーリンク