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こんにちは。
 
 
「仙台」は伊達政宗の町です。
 
 
彼は、当時「千代」という字だったこの町を、「仙界」に近い豊かな都にしたいとの思いから「仙台」と改名しました。
 
 
そして、彼はこの町を作るとき、普通に作ってもおもしろくないってことで「仕掛け」をほどこしました。この町は1つの超巨大なパワースポットとして機能している町なのです。
 
 
昔の日本人は「陰陽五行説」に基づいて地形や気の流れなどを考え、よい町を作ろうとしました。
 
 
京の都(洛中)がその代表例ですが、この仙台市も陰陽道に基づいて町がつくられています。
 
 
仙台市を中心にして、2つの大きな三角形が組み合わさり「六芒星(ろくぼうせい)」が形作られているのです。
 
 
これを約400年前に伊達政宗が考え計算して作ったというのだから、さすが政宗さまです。
 
 
仙台にパワースポットの神社仏閣が多いのも納得ですね。

 
 

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巨大魔法陣「六芒星」が描かれた町「仙台」

 
 


 
 
ある形がパワーに関係するというのは、古代の人々も気づいていました。
 
 
その中でも三角形をベースとした2つの多角形を組み合わせた図形「六芒星」は、洋の東西を問わず古くから「魔除けのシンボル」として使われてきたのです。
 
 
伊達政宗は仙台の町を作るとき、この形を取り入れてその頂点に要となる神社仏閣を建てました。
 
 
そもそも神社仏閣は、四隅に水晶などを埋めて魔除けの結界が張られ、それ自体が「パワースポット」です。
 
 
だから、私たちは境内の結界内に足を踏み入れると、澄んだ空気感の違いを感じるのです。
 
 
仙台の「六芒星」の頂点に位置するのは、この6社です。
  ↓
護国神社
榴岡天満宮
青葉神社
大崎八幡宮
仙台東照宮
愛宕神社

 
 
これを線で結びますと、三角形を2つ合わせた「六芒星(ヘキサグラム)」の形になります。
 
 
真ん中に大通りがとおり、中心あたりに宮城県庁がありますね。よく考えられた構図です。
 
 
古い町はこのように陰陽道に基づいて作られることが多いですが、伊達政宗がこの町「仙台」の永遠の繁栄を願い「魔」から守ろうとしっかり計画を練って作られたのがよくわかります。
 
 
この町を大切に想っていた気持ちが伝わります。
400年も前の人に護られてる感じがしますね。
 
 
ところで、関西で生まれ育った私としては、「なんで五芒星でじゃなくて六芒星なの?」と気になります。
 
 
陰陽道の印と聞いてまず思い浮かぶのは安倍晴明の「五芒星」なのです。平安時代に都で活躍した陰陽師・安倍晴明は、このマークを愛用してました。
 
 
京の都も「陰陽五行説」に基づいて建設された町です。
 
 
「陰陽五行説」というのは、古代中国で生まれ日本で独自の発展を遂げた、吉凶や地相、禍福などを読み解く方術です。
 
 
安倍晴明は現代でも大人気スターなので、「陰陽道」=「五芒星」と思いがちです。(五芒星は晴明神社の神紋)
 
 
ところが、この安倍晴明にはライバルの陰陽師がいました。
ダークヒーロー・芦屋道満(あしやどうまん)です。
 
 
逸話では、道満は藤原道長に呪詛をかけ安倍晴明に見破られて負けたってことになっていますが、要するに、晴明との権力争い(陰陽師は上級国家公務員)に負けた人なのでしょう。
 
 
この芦屋道満が愛用していたのが「六芒星」なのですよ。
 
 
何が言いたいのかというと、つまり、「六芒星」も陰陽師が使っていた魔法陣だったってことです。
 
 
では、似ているけど違うこの2つの魔法陣に、大きな違いはあるのでしょうか?
 
 
また、なぜ伊達政宗は「六芒星」のほうを使ったのでしょう。

 
 

「六芒星」と「五芒星」の違い

 

 
先に結論を言ってしまうと、この2つの魔法陣は「パワーの方向性」が違うのです!
 
 
「五芒星」ー無限連鎖による循環(防御の力)
「六芒星」ー相対するエネルギーの調和(放出する力)

 
 
「陰陽五行説」は、「陰・陽」と「五行(木・火・土・金・水)」についての考え方があります。
 
 
「五芒星」は五行に基づいた循環(完全性)、「六芒星」は陰陽の調和を重んじた図形といえるのです。
 
 
では、もう少しだけ詳しくみていきましょう。

 
      

(1)魔除けのシンボル「五芒星」

 

 
「五芒星」は西洋でも「ペンタグラム」と呼ばれ魔法に使われる呪術的な図形です。日本では「晴明桔梗」「セーマン」とも呼ばれます。
 
      
「五芒星」はいわゆる星印、多分あなたも描いたことがあるでしょう。あの印、一筆書きができますね。
 
   
一筆で描けるのは「循環する」という大きな意味を持ちます。つまり、ループ、終わりのない完全性、連鎖する完全性を示す形なのです。
 
   
「陰陽五行説」では自然界を構成しているあらゆるものは「木・火・土・金・水(もっかどごんすい)」でできていると考えます。
 
   
そして、「五芒星」はこの5つの要素が無限に循環する完全な形なのです。

       ↓

 
   
これは、精神的エネルギーを安定させる働きがあり、「防御力」が強い呪術的図形なのです。
 
   
なので、京の都は「この美しい都を魔物から守りぬく」という朝廷の強い思いをくんで作られた町、「五芒星」の防御力に護られた町なのです。

 
   

(2)外に働きかけるパワー「六芒星」

 

   
一方、「六芒星(ヘキサグラム)」も魔除けのシンボルですが、こちらは「目に見えない力の増幅の象徴」といわれる図形です。
 
  
この形は、正三角形(△)と逆三角形(▽)を組み合わせた図形です。上向きの正三角形(△)は「能動的原理」を表し、下向きの正三角形(▽)は「受動的原理」を表します。
 
  
2つの三角形は「相対するエネルギーの象徴」で、それを合わせた「六芒星」には「相対するエネルギーの調和」という意味が込められているのです。
 
  
陰陽道でいう「陰」と「陽」のバランス、2つの相対するパワーの調和を示す形なのです。
 
  
また、西洋でも古くから呪術的な図形と考えられ使われてきました。古代ユダヤ人のシンボルでもあり、「ダビデの星」とも呼ばれます。今もイスラエルの国旗に使われていますよ。↓

      

 
  
そして、西洋錬金術の世界では、この図形は「真の知恵」を授けてくれる「賢者の石」の象徴とされています。
 
  
日本では「籠目」と呼ばれ、魔除けとして伊勢神宮やその関連神社の石灯籠などに刻まれています。
 
  
陰陽道では「六芒星(籠目)」は「晴明紋」とも呼ばれ、「五芒星」とは異なる「陰と陽の調和を示す力」を持つと考えられてきました。
 
  
五芒星のような内向きの力「自分を守る力」と違って、「外に働きかける力」が強い図形なのです。

 
  

伊達政宗の願いを表す「六芒星」

 

  
伊達政宗は仙台の町に「六芒星」を描きました。
 
  
つまり、外に向かって拡大し、さらに発展・繁栄し続ける町をイメージしてこの町を築いたのでしょう。
 
 
実は、政宗の時代、仙台は東日本大震災に匹敵するような大地震と大津波に襲われました。「慶長の大地震」です。「津波」という言葉が初めて公文書に記されたのはこのときです。
 
 
政宗の作った町「仙台」は、大津波で壊滅的な打撃を受けたのです。
 
 
でも、そんなことでへこたれる政宗公ではありません。すぐさま復興に向けて動き出しました。
 
 
その1つ、復興の起爆剤として考えたのが、南蛮船の造船と「慶長遣欧使節団」でした。これは失敗に終わりましたが、スペイン船を迎えるために作られた「石巻」の大きな港は残りました。
 
  
そうして、「仙台」は江戸中期には100石を超える石高の大国になったのです。
 
  
当時、江戸に輸出される「米」の三分の一を仙台藩が担っていたともいわれますよ。
 
  
でも、実は、この仙台にはもう1つ、「五芒星」もこっそり描かれていたのでした~!

 
  

仙台には「五芒星」も形作られていた?

 

  
仙台市にある他の神社仏閣、そして政宗公のお墓「瑞鳳殿」を直線で結ぶと、なーんと五角形の「五芒星」が形作られます。
 ↓
仙台城
瑞鳳殿
大崎八幡宮
東照宮
国分寺

 
  
さすが伊達政宗・・・
一筋縄ではいきません。
 
  
念には念を入れ、「六芒星」と「五芒星」2つとも盛り込んじゃえという感じで、仙台の町に超強力な結界を張り巡らせていたのでしたー!
 
  
やっぱりおもしろい人なのです。

 
  
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