【江戸の暮らし】寺子屋は生活の知恵を教える見事な教育システム

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こんにちは。

今回は、江戸時代の教育についてお伝えしたいと思います。

江戸時代でお勉強する所といえば、寺子屋です。

日本は、明治時代に近代化が進んで、欧米の教育システムを取り入れました。
先生が黒板の前に立って演説のような講義をして、生徒がノートを取りながら聴くという今の授業の形態ですね。

でも、そうなる前に庶民の間で行われていた「寺子屋」の教育は、素晴らしいものでした。その理由は、生徒一人一人に合わせた授業で、先生主導ではなく、生徒が自主的に学ぶものだったからです。

私は、これこそが、本当に学力が身につく教育だと思っています。
妙な他人との競い合いもありませんし、自分のペースで学べるので効率的です。

それでは、江戸時代の「寺子屋」について、見ていきましょう。

使命感のある寺子屋の教師たち!

寺子屋は、生徒のことを「寺子」と呼ぶことからも連想できますが、発生当初の中世は、僧侶が教師を務めていたのです。

その後、江戸時代になると、江戸市中にたくさん開かれるようになり、教師は、庶民、武士、医者、神官など、いろんな前職の人が務めるようになりました。

寺子屋の教師は、他の業界で生きてきた苦労人のベテラン教師が多く、三分の一は女性教師で、女子に裁縫や礼儀作法を教えていました。意外と女性が普通に働いていたと分かりますね。

授業料は「月並銭」「畳料」などお金や品物で納めることに決まっていましたが、経済的に大変な教師も多くいたようです。

でも、彼らは、「お金のために教えているのではない!」という自負心があったので、教育力は高かったそうですよ。

「読み・書き・そろばん」が基本の教え

寺子屋で学ぶ子供の数は、いろいろありましたが、一つの教室に30~40人ぐらいが平均だったようです。現代の学校のクラスと同じぐらいですね。

授業は、朝8時頃~14時頃まで行われました。
登校時間は、生徒によりまちまちで、終了時間は14時と決まっていましたが、午前中だけ学ぶ子供も多くいました。

その子たちは、昼からは家業の手伝いをしたり、女子は他のお稽古事に通ったりしていたのです。時間も科目も、選択の自由があってよいですね。

午前中に、まずはもっとも大切な「習字」(読み書き)を学びます。
そして、昼食は、お弁当の子もいれば、家に食べに帰る子もいました。

寺子屋で習う事は、読み書きそろばん、裁縫など、実生活で役に立つことばかりでした。ですから、真剣に学ぶのが当たり前だったようです。
義務教育ではないので、学ぶ意欲のない子は来なければよいのですね。

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そして、一斉教育ではなく、生徒一人一人に合わせて教えていたので、教師の負担は大きかったですが、落ちこぼれはいませんでした。

たいていの寺子屋では、真面目に勉強に取り組む子もいれば、終わってから、または途中で遊んでいる子もいました。伸び伸び自分のペースで学べていたというのが、分かります。

様々な年齢の子供が同じ教室で学んでいたので、年長者が年少者に教えることも大いにあったようですよ。

実務に徹した優れた教育

江戸庶民の一般教育は、商売や生活をしていく上で必要な実務教育でした。

ほとんどの人は、寺子屋でのみ学びましたが、特別優秀な人は、少数ですが、武士も通う半官半民の「私塾」に入門できました。

寺子屋では、どれぐらいまで「読み書きそろばん」を教えていたのでしょう。

文字は「御家流」(おいえりゅう)で書くこと!

時代劇などで見る、武士や大店の番頭さんが書く文字は達筆ですね。
江戸幕府は、あらゆる面で大名や庶民に規律を設けましたが、文字も例外ではなかったのです。

諸大名が取り交わす公文書や町奉行所の訴状などは、すべて「御家流」で書くことと、定められていました。

この書流は、室町時代に人気が出て、徳川家が将軍家の書体と決めたものです。

そのため、武士も商人も農民も、あらゆる階級の人々が、御家流の文字を習わなければならなかったのです。

寺子屋で教えた読み書きの「書き」は、すべてこの御家流の文字でした。寺子屋での「読み書き」は、この御家流の文字を一通りマスターすれば終了となったのです。

そろばんは四則計算と利息計算まで習う

計算は、そろばんを使いこなせるまで練習します。

加減乗除の四則計算利息の計算ができるまで習いました。
男の子は、そこまでできるようになると、13~14歳ぐらいで、丁稚奉公などに出ることが多かったようです。

女の子は、それらに加えて、裁縫や礼儀作法を、女性の教師から学ぶこともありました。

おわりに

江戸時代の日本の識字率は、いろいろな数字が示されていますが、江戸市中でおおよそ40~50%と思われます。(幕末は、70~80%です。)

当時、ヨーロッパで教育が進んでいたといわれるロンドンでさえ、識字率は25%以下でしたので、「江戸」に限っていえば、かなり教育水準は高かったのですね。

武士の識字率は、もちろん100%ですが、江戸庶民も読み書き、特に「読み」は、かなりの人ができたようです。
ですから、お伽草子などの小説が流行ったのですね。

女子は、寺子屋で「読み書きそろばん」を学ぶだけでなく、芸事もよく学んでいました。

午後から、三味線や琴、踊り、刺繍などを習っていたようです。

今と同じように、都会では、結構、習い事が盛んだったのですね。

意外で興味深いです。(´・ω・)

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