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そろそろ京都の秋の特別拝観・公開に行こうかなと思っている今日この頃。
 
 
日本の絵画といえば、あなたは何を思い浮かべますか?
 
 
やっぱり好きなものですね~♪
私は「浮世絵」と「琳派」です!
 
 
浮世絵は、江戸の「粋」(いき)が見事に表現されたアートですね。人物画では写楽、風景画は北斎が好きです。
 
 
そして、特別好きなのは「猫」の浮世絵師・歌川国芳です。「猫てぬぐい」持ってます♪
 
 
江戸時代に登場した「浮世絵(うきよえ)」は、それまで特権階級の芸術品だった絵画と違い、庶民のためのアートでした。
 
 
それまでの絵師、たとえば「狩野派」の絵師は、大きなお城の襖絵(ふすまえ)などをうけ負う絵師集団でした。
 
 
彼らは大名などに雇われてお給料を支給されるサラリーマン絵師でした。
 
 
一方、江戸の浮世絵師たちは、町人相手に絵を売る商売人でした。
 
 
浮世絵は芸術というよりは娯楽、写真のなかった時代のスターのブロマイドのような役目も果たしていたのです。

 
 

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「浮世絵」は一大出版プロジェクトだった

 

 
浮世絵は、たった一人の絵師がさらりと絵を描いて売っていたのではないんですよ。複数の専門家が集まってプロジェクトチームを組んで作り、お客さんのもとに届けていたのでした。
 
 
チームの構成員は、たくさんいますよ。
「画工」(絵師)
「版元」(出版社)
「案じ役」(プロデューサー)
「彫り師」
「刷り師」

 
 
絵を描くのは画工ですが、人物画の場合は誰をモデルにしようか、どんな色使いにしようかなど、チーム全員で意見を出し合って決めたのです。
 
 
どちらかというと、映画やドラマの作品づくりに近いものですね。
 
 
「北斎」「写楽」がさらっと書いて売っていたというような簡単なものではなく、多くの人が関わった一大プロジェクトだったわけですよ。
 
 
浮世絵で人気が高かったのは、遊里(ゆうり)や芝居町の遊女や役者を描いたものでした。
 
 
そもそも「浮世」とは、「享楽的」「当世風」などという意味です。その時のトレンドをおう娯楽品だった浮世絵は、「売れてなんぼ」の世界だったのです。
 
 
だから、流行の花魁や歌舞伎役者などのブロマイドとして「美人画」や「役者絵」がたくさん描かれて売れたのです。
 
 
そのうち浮世絵は美人画、役者絵だけでなく、風景画や花鳥画もさかんに描かれるようになりました。
 
 
そうして江戸の浮世絵は江戸の特産品「江戸錦絵(にしきえ)」として発展し、江戸土産として地方の人にも楽しまれるようになったのでした。

 
 

江戸時代の識字率※ひらがなの読みは100%?

 

 
元禄時代、5代将軍綱吉のころから江戸では町人の識字率が上がり、出版ブームがおこりました。
 
 
本の場合は、一枚の絵の浮世絵よりも販売するのにずっと手間がかかります。作家や挿し絵師が仕事をしやすいようにプロデューサーがサポートし、「筆耕」という清書家に清書してもらってはじめて印刷、製本できたのです。
 
 
江戸っ子の識字率は、同時代の他の国々の識字率と比べてもダントツで、ひらがなの読みに限っていえばほぼ100%でした。
 
 
漢字に「かな」がふってあれば読めるので、どんどん読書を楽しめる人が増え、娯楽だけでなく頭もよくなり民度も上がっていったのでした。
 
 
でも、おもしろいことに、江戸っ子たちの多くは音読でしか理解できなかったそうなのです。
 
 
つまり、黙読では頭に入らない人が多く、みんな声にだして本や瓦版(かわらばん)を読んでいたのでした。
 
 
なぜだろう・・・・?
おもしろいですね。
 
 
みんな声を出して読んだら、人の集まる場所ではにぎやかになったでしょうね。
 
 
また、寺子屋の増加とともに、文字を書くことができる町人もどんどん増えていきました。

 
 

江戸のベストセラー本・ジャンルは?

 

 
出版ブームに乗っかって多くのジャンルの作品が発刊されましたが、その中で特に人気が高かったのは「武鑑」というものでした。
 
 
「武鑑」は今の「紳士録」のようなもので、大名とその家臣の名前や家紋、代々の家系図や役職、給料までがことこまかに載っているものでした。
 
 
こういう事が頭に入っていると、大名行列が通ったとき、「紋」でどこのどんな大名なのか素性が分かり、見物するのがおもしろかったのでした。
 
 
また、商人にとっては、めぼしい大名に狙いを定めて物を売り込むことができたので、商売上大事なものでした。
 
 
他には、「地図」「旅のガイドブック」などが大人気でした。
 
 
元禄はバブル期だったので、町民が旅行に行くことも多く、かなり娯楽を楽しめた時代でした。
 
 
また、「名所図会(めいしょずえ)」と呼ばれる地方の教養本も人気がありました。
 
 
これはその地方の名所や寺院仏閣、景勝地の由来がくわしく書かれたもので、その地の歴史的な逸話や物語の聖地など情報満載だったそうです。こういうの、今も手に入ったら読みたいです。
 
 
江戸や京都など人気の観光地の「名所図会」は、辞典のセットのような数十巻というすごいボリュームでした。
 
 
これらのセットは内容も量も充実していたため高価で、よほど裕福な町人でなければ手に入れられなかったようですよ。

 
 

おわりに

 

 
江戸っ子の娯楽や関心のあるものは、今の私たちと似たものも多いなーと思います。
 
 
アイドルのブロマイド大衆小説、旅行のガイドブックなどは、今も売れ筋ですね。
 
 
ほかに、江戸っ子はいろんなものを順位付けするランキングも大好きでした。
 
 
ランキングは「見立番付(みたてばんつけ)」と呼ばれ、江戸っ子の情報誌の1つでした。
 
 
江戸時代になると、庶民の読書量が急速に増えていったとわかります。
 
 
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