桂小五郎は何度も改名している?木戸孝允に落ち着いた理由

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こんにちは。
 
明治時代を切り開くの大きな業績を残した「維新三傑」と呼ばれる人がいます。
 
知らない人、誰だと思いますか~?
 
坂本龍馬は入ってませんよ。
 
その三人は、
 
西郷隆盛
大久保利通
木戸孝允(桂小五郎)

 
です。
 
日本の近代化は、薩摩藩と長州藩を中心にして開かれました。
 
西郷さんと大久保さんは薩摩、木戸さんは長州の人です。
 
この中でも、木戸孝允は、ちょっと影が薄いですが、私はもっと大きく取り上げてもよい人だと思っています。
 
結構、生き方というか性格がかっこいいと思えるのです。
 
ということで、今回は維新三傑の1人、木戸孝允についてお伝えします。

 

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剣豪だった?桂小五郎

 

 
木戸孝允は1833年、長門国(山口県)で生まれました。
 
 
父親は和田昌景という人物で、医者でした。和田家は、もともと藩医の家系だったのですが、孝允は7歳の頃に桂家に養子に入ります。それで桂の姓を名乗るようになったのです。
 
 
桂小五郎=木戸孝允ですよ!
 
 
彼は、若いころから剣豪として知られていました。
 
 
1846年、13歳で剣術道場に入門し、1852年には江戸に剣術修行に出ます。
 
 
そして、江戸三大道場の1つ、神道無念流練兵館・斎藤道場の塾頭を務め、免許皆伝を受けた腕前でした。当時の江戸では、剣客として、広く世間に名前が知られた存在だったのです。
 
 
また、彼は1849年には、吉田松陰から山鹿流の兵法を学びました。
 
彼は松下村塾の塾生ではありませんが、松陰から学んだ1人なのです。
 
 
まさに、文武両道の武士ですね。
 
 
でも、彼には「逃げの小五郎」という、武士にとっては不名誉なあだ名がありました。

 
 

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逃げの小五郎

 

 
彼はかなりの剣客でしたが、幕末には幕府の指名手配犯となり、逃げ回っていました。それで、そういうあだ名がつけられたのですが、実際には、無駄な戦いを避け、うまく危険を回避していたってことですよ。むやみやたらとぶつかるのは無意味と考えて、要領よく対処できた人なのです。
 
 
「池田屋事件」の際は、池田屋に行きながら、まだ同志が集まっていなかったため、近くの対馬藩に寄り道していて、運よく助かりました。
 
 
また、「禁門の変」の後に朝敵となったときには、物乞い姿に身をやつして、二条大橋の下に潜伏して逃げ回っていました。そのとき、三本木の馴染みの芸者・幾松が、桂を助けて世話をしたことは、よく知られています。維新後、二人は結婚し、彼女は木戸松子となります。
 
 
桂小五郎は、これらの多くの危機をうまくキャッチして逃げ切り、その後、薩摩との和解や討幕など、維新につながる活躍をしていったのです。長州藩にこういうじっくり行動できる人がいたっていうのは、大きなことだと思いますよ。
 
 
実際に朝敵として逃げ回っていたとき、彼はいろんな名前を使っていました。桂小五郎が、後に木戸孝允へ改名したというのは歴史で学びますが、実は、いろんな通称を経て、その名に行きついたのでした。

 
 

桂小五郎から木戸孝允へ改名した理由

 

 
彼は、7歳まで、生家の和田家でつけられた名を名乗っていました。
 
その後、7歳で桂家の養子となってから、桂小五郎という通称を使っています。
 
彼が「木戸」と改名したのは、幕末期の長州藩の立場と深く関わっているのです。
 
 
彼は、幕末期には幕府の指名手配犯でした。
新選組や会津藩の手から逃れるために、彼は「広戸孝助」など、10数個の名前を使い分けていました。
 
 
木戸孝允が、「木戸」姓に改名したのは1865年です。
 
 
長州藩は、そのまま藩の要職として桂小五郎を登用したかったのですが、、幕府の指名手配犯であった以上、後で言いがかりを付けられるかもしれません。それを防ぐために、長州藩が桂に改名するように命じたのです。つまり、「木戸」という姓は、長州藩から賜ったものなのです。
 
 
そうすることで、表向き「桂小五郎は行方不明」という形をとったのです。そのとき、桂小五郎は「木戸貫治」と名乗り、その後「木戸準一郎」とまた名を変えます。
 
 
そして、1868年、彼は自分の諱(いみな)である「孝允」を使い、「木戸孝允」と正式に名乗るようになったのです。
 
 
彼が改名したのは、幕府から指名手配犯として追われて、命が狙われていたという理由があったのでした。

 
 

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