源義経の愛人・静御前★歌と舞から垣間見える白拍子のプロ根性

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こんにちは。
 
 
今回は、源平時代・平安末期の女性に注目しました。
源義経とその愛人・静御前は、悲恋物として歌舞伎やお芝居の題材によく使われています。
 
 
彼女は都一の白拍子(しらびょうし)だったので、演出効果が高く、物語の悲劇のヒロインとして、もってこいの題材なのです。
 
 
なにぶん、昔のことなので、本当の事は分かりませんが、都のトップスターがときの英雄と恋に落ち、悲劇的な最後を迎えたというのは、好かれるお芝居の脚本としてばっちりではないでしょうか?

 
 

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白拍子・静御前

 

 
義経の愛人・静御前は、都で名高い白拍子(しらびょうし)でした。白拍子というのは、男装して今様を謡いながら舞を舞う女芸者のことです。
 
 
歌って踊れるかっこいい系の都のトップスターですよ、そして、昔の芸人は、高級ホステスのような夜の顔も持っていたといわれます。
 
 
名前のイメージと違い、首都のトップスター&高級ホステスとなるぐらいなので、彼女は機転の利くプロ意識の高いアネゴ肌の女性だったのではないでしょうか。
 
 
そんな彼女がときの若き英雄・源義経に選ばれたのは、当然といえましょう。
 
 
後世の取り上げ方では、彼女が義経の特別な愛人のように思われがちです。でも、義経には京の都だけで10人以上の愛人がいたそうですよ。義経との関係は、甘ったるい素人女のような純愛ではなかったと思います。彼女はプロの愛人だったと思うのです。
 
静御前が、愛人の中で優遇されていたのは本当かもしれませんが、義経が本当に大切にしたのは、やはり、奥州まで同行し最期を共にした正妻の郷御前でしょう。
 
 
静御前は、奈良の吉野で義経に都に帰れと言われて別れ、その後、鎌倉側につかまってしまいました。
 
 

源頼朝の前で「恋慕の歌」を舞う

 

 
『吾妻鏡』によると、義経と別れた後、従者に持ち物を奪われて山中をさまよっていた静御前は、山僧に捕らえられます。そして、京の北条時政に引き渡され、頼朝のいる鎌倉へ送られたのです。
 
 
源頼朝に引き出された静御前は、鶴岡八幡宮社前で白拍子の舞をまうように命じられました。そのとき、彼女が舞ったのが、この有名な舞です。

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★しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな
 
(倭文(しず)の布を織る麻糸をまるく巻いたおだまきから糸が繰り出されるように、たえず繰り返しつつ、どうか昔を今にする方法があったなら)
 
★吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき
 
(吉野山の峰の白雪を踏み分けて姿を隠していったあの人(義経)のあとが恋しい)

 
義経恋しい、義経ラブ全開の歌ですね~(汗)
 
 
義経の居場所を問われても、彼女はけっして答えませんでした。実際、逃亡中の義経の居場所は彼女にも知るすべがなかったので、当然でしょう。
 
 
でも、彼女が頼朝の前で、口を閉ざし続けたのは、顧客の情報を簡単にはもらさないという白拍子としてのプロ意識もあったと思います。
 
 
この静のかたくなな態度に、短気な頼朝は激怒します!!!
 
 
そこで助け舟を出したのが、頼朝の妻の北条政子でした。
「私が御前の立場であっても、あの様に謡うでしょう」と政子が取り成して、静御前の命を助けたといわれています。
 
 
この件(くだり)は、本当かどうかはわかりません。
なぜなら、『吾妻鏡』は、全編とおして源氏下げ・北条氏上げのムードがあるからです。
 
 
静御前のきっぷの良さや素晴らしい舞、そして北条政子の器量の大きさを、見事にこのシーンで伝えているわけですよ。

 
 

その後の静御前

 

 
鶴岡八幡宮で舞を舞ったとき、静は義経の子を身ごもっていました。
 
 
頼朝は、女の子なら命は助けるが、男の子なら命はないと命じます。彼女の子供は、残念なことに男の子でした。
 
 
その子は、由比ヶ浜に沈められたと伝わります。
 
 
その後、静御前は、一緒に捕らわれていた母の磯禅師と共に、京に帰されました。子供を亡くした静を哀れんだ政子が、多くの重宝を持たせたといわれます。
 
 
その後、静御前がどうなったかは、記録に残っていません。
義経の後を追って旅の途中に亡くなったとか、子供の後を追って入水したとか、いろんな説があります。
 
 
でも、当時の女性は、男性と死別しても、強く生きていく人が多いです。静御前は、英雄の専属白拍子としての役目をしっかり勤めあげました。
 
 
私としては、その後は、さっぱり過去と決別し、都で新たな人生を歩みだしていたら、かっこいいのになーと思うのでした。

 

 


 

 

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