武田信玄は、なんと屋敷内に自分専用の「水洗トイレ」を作っていた!

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今回は、私の大好きな戦国武将・武田信玄のトリビアをお届けします。
 
武田信玄といえば、「風林火山」
豪快な武将というイメージのある武将ですが、群雄割拠の戦国時代に、なぜかエコで清潔な水洗トイレを作るというナイスなアイデアマンだったのです!
 
一説には、趣味が土木工事だったと言われるほど、領地内の治水などにも熱心だったガテン系の信玄様。
 
土木建築全般に関心が高く、秀でた才能があった人なのでしょうね。素敵です。
 
今回は、猛将・武田信玄の意外な一面をお送りします。(*’▽’)

 

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戦国時代のトイレ事情

 

 
そもそも、この時代、武将の皆様方は、お手洗いをどのように済まされていたのでしょう?
 
現代みたいに「トイレ」いう個室があったんかな?と思いますね。
 
もともと、縄文~弥生時代の日本のトイレは、川岸に作られて、川に直接用を足していたらしいのですよ。「トイレ」という特定の場所があったというのは、驚きでした。
 
なーんと、それがトイレを表す昔の言葉「厠(かわや)」の語源といわれます。
 
川に直接ということは、自然の水洗トイレみたいなものだったのでしょうか?
人口が少なかったら、エコかもしれないです。(^^;)
 
 
しかし、戦国時代に、公家や大名など高貴な人々が使っていたのは、水洗トイレではありません!
 
織田信長のような身分の高い方々は、「樋箱(ひばこ)」と呼ばれる、漆塗りの高級木製便器に用を足していたのです。
 
この「高級漆器のおまる」、引き出し付きのオシャレなものでした。
そして、引き出しの中には、匂い消しの砂などが敷き詰められて、その中に用を足したのだそうですよ。
 
その後、係りの小姓が来て、中身を捨てて処理をしました。
 
なんだか、ネコ砂を敷いたネコのトイレみたいですね。
小姓は、お世話係の飼い主さん?
 
そして、たまに、侍医が中身を検便するんだそうです。( ̄▽ ̄;)
いやいやいや、健康チェックは、大切ですよ!
 
つまり、他の武将のみなさんは、もよおしたら、自室で箱(おまる)を取り出して、用を足していたのでした。
 
では、武田信玄の作ったトイレは、どのようなものだったのでしょう?

 

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エコで新しい豪華な水洗トイレ

 

 
武田信玄は、本拠地の居館「躑躅ヶ崎(つつじがさき)館」に、自分専用のトイレを作ったのだそうです。
 
「甲陽軍鑑」によると、信玄のトイレは、完全な個室の「水洗トイレ」でした。
しかも、広さは、京間の6畳です。
 
このトイレは、用を足した後にを鳴らすと、その音を合図にして、家臣が水を流すという仕組みでした。さすがに、「自動」ではなかったようです。
 
そんな信玄様お気に入りの、おトイレの特徴はこちらです。

 

1.お風呂の残り湯で流すエコ仕様だった!

 
この水洗トイレで流される水は、お風呂の残り湯を使っていたのだそうですよ。
本当に、お風呂場から樋(とい)をかけて、残り湯をひいて使ったのだそうです。
お水の節約、リサイクルですね!
 
なんだか、親近感増しまくりな情報なのでした。(*^^)v

 

2.広くて豪華、アロマな香りのトイレだった!

 

 
信玄様のトイレは、広い6畳間で、しかも床は畳敷きでした。
トイレというより、「トイレのある和室」じゃないの?と思いません?
 
これには、2つの理由があります。
 
(1)もしも槍や刀で外から敵に突かれても、届かない距離を保つためだった
(2)単に用を足すだけでなく、ここで職務も行った

 
なるほど、納得な理由です。
 
(1)いつ敵の刺客が襲ってくるかわからない戦国時代です。これぐらいの用心深さは、必要でしょうね。
 
(2)6畳ぐらいの部屋は、大広間に比べると、1人でゆっくり考えるのに向いていますね。
 
そして、このお部屋、4隅には香炉が置かれ、家臣が常にお香の香りを絶やさないように、していたそうなんです。匂い対策も、バッチリですね!
 
信玄様は、このトイレのことを「甲州山」と呼び、ここで用を足すときは、1時間以上も籠ることがあったそうですよ。
 
単なる「トイレ」ではなく、なんと、机も持ち込んでいたそうなので、本や書類を読みながら、戦略なども練っていたのでしょう。
 
いろいろ斬新なおもしろい人ですね。
 
 
以上、武田信玄のトリビアでした。(*‘∀‘)
 
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