【平家物語】家族の絆で結ばれた主従★木曽義仲と樋口兼光・今井兼平・巴御前

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こんにちは。
 
いち早く平家一門を都から落ちさせ、無血入城を果たした木曽義仲でしたが、京の都は彼が思っていたのとは大違いでした。
 
 
公家たちは、わけのわからん言葉を使うわ、奥歯にものが挟まった言い方をするわ、田舎もん扱いされるわで、義仲は面白くありません。
 
 
また、当時の京の都は数年前から飢饉に見舞われていて、想像していた豊かな街ではなかったのです。
 
 
義仲が引き連れてきた数万の兵を養う食べ物にも事欠く始末で、兵の中には略奪を企てるものも多くいました。つまり、義仲は、朝廷から庶民まで、都人に全く人気がなかったのです。
 
 
そんな彼にずっと従っていた彼の側近の中には、幼いころから家族として暮らし、最期の最期まで共にあった乳兄弟がいました。
 
 
今回は、義仲の乳兄弟、樋口兼光・今井兼平・巴の3兄妹についてお伝えします。

 

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中原兼遠の子供たち

 

 
木曽義仲は、2歳のとき、実兄と対立した父を討たれ、命を狙われました。
 
 
そのとき、義仲を木曽にかくまう手助けをしたのが、以前お伝えした斎藤実盛です。
 
 
そして、彼を引き取ってひそかに養育した人物が、木曽谷の豪族・中原兼遠(なかはらのかねとお)なのでした。『平家物語』では、中原は平家の義仲を引き渡せという命に従わず、自分の子供たちと一緒に育てたといわれます。
 
 
後に木曽義仲の側近中の側近、樋口次郎兼光、今井四郎兼平、巴は、この中原兼遠の子供たちなのでした。
 
 
中原兼遠は、義仲が平家追討の兵を挙げたとき、仏門に入って円光と名乗りました。

 
 

樋口次郎兼光

 

 
樋口兼光は、中原兼遠の次男で、義仲と兄弟同然に育てられました。
 
 
後に、義仲四天王の1人となり、『平家物語』では「実盛の最期」で老武者・実盛について語ります。
 
 
平家が都落ちした後、木曽義仲の軍は、戦うことなく入京しました。
 
 
しばらく都で過ごすことになりましたが、京の公家たちとの間で争いが起こり、後白河法皇源頼朝と手を結び、義仲を京から追い出そうとします。
 
 
樋口兼光は、このとき義仲から離反した新宮十郎行家を討つため、河内方面に向かっていたのです。彼は、都で戦が起こったという知らせを受け、急ぎ引き返しました。
 
 
しかし、時すでに遅く、都には源義経の軍が押し寄せ、木曽義仲は「粟津の戦い」で討たれ、樋口の弟の今井兼平も自害してしまいました。
 
 
都への道中に、主君と弟の死を知らされた樋口は、「自分はこのまま都へ行って討死するが、お前たちは僧になって主君の菩提をともなってくれ」といいます。
 
 最初、500騎ほどいた味方は次々と去っていき、都の南の鳥羽にさしかかるころには、わずか20騎ほどになっていました。
 
 
当時の都の守りは、源義経がつとめていました。
 
 
樋口の軍は、源義経軍と羅城門(十条)のあたりで対峙しましたが、多勢に無勢で戦いにはならず、樋口はここで降伏したのでした。
 
 
同じ「源氏」という縁もあって、源義経は朝廷に樋口兼光の助命嘆願をしました。でも、義仲とその軍は、公家たちにたいへん嫌われていたので、それは聞き入れられませんでした。
 
 
1184年、樋口兼光は、義仲、弟の今井兼平ら5人の首の引き回しの際、その供をつとめたいと願い出ました。その最期の願いは聞き入れられ、彼は藍摺の直垂と立烏帽子の姿で従ったのです。
 
 
そして、樋口兼光は、その翌日に首を斬られたのでした。(『平家物語』より)

 
 

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今井四郎兼平

 

 
今井四郎兼平は、中原兼遠の四男です。
 
 
今井兼平も義仲四天王の1人、『平家物語』の「木曽殿最期」で、めちゃくちゃかっこいい最期を遂げる人です。
 
 
「日本一の剛の者」ですよー!
 
 
彼は義仲に付き添い、多くの戦いに武将として参加しました。
 
 
『倶利伽羅峠の戦い』はもちろんのこと、その前哨戦でも、たった5千騎で10万の平家軍を翻弄したのです。
 
 
都を追われた木曽義仲は、「宇治川の戦い」源範頼・源義経率いる鎌倉軍に破れ、今井兼平ら数名の部下と共に落ち延びました。
 
 
そして、近江(滋賀県)の「粟津の戦い」でも、多勢に無勢で敗走するしかなく、とうとう主従五騎のみになりました。
 
 
その五騎中に、まだ巴が討たれず従っていたのです。
 
 
このとき義仲は、最期の戦い(討死するとき)に女を連れていたのでは外聞が悪いと言位い、巴に逃げろと命じます。
 
 
巴は始めはしぶっていましたが、何度も義仲にせかされたため、それではと、走り去る前に、「木曾殿(義仲)に、最期の軍して見せ奉らん」といい、怪力で名高い・鎌倉方の御田八郎師重の首に一瞬で飛びついて、それを素手でねじ切って捨ててしまったのでしたー!!!Σ(゚Д゚)
 
 
巴御前って、色白、キューティクルヘアの美女設定のはず(←『平家物語』では)
ほんとなら、すごいキャラですよ。
惚れますよ。(フィクションですけど)
 
 
そんな巴と兄の今井兼平の最期は、こちらに詳しく書きました♪

   ↓


 
『平家物語』はこの中原の子供ビイキなの?ってほど、めちゃくちゃかっこいい兄妹です。
はっきりいって、木曽義仲、かすんでます。
 
 
兄の今井兼平は、義仲が討たれたのを知って、もはやこれまでと太刀の先を口の中に含んだまま馬上から飛び降て、太刀に貫かれて自害し果てました。
 
 
そのとき言った彼の言葉が、古文の教科書でお馴染みのあの名セリフ!
      ↓
「これ見給へ、東国の殿ばら、日本一の剛の者の自害する手本よ」
(これをご覧あれ、東国の武士たちよ。日本一のつわものの自害の手本だ!)
 
 
あああああああ、かっこいい・・・・
義仲・享年31歳、兼平・享年33歳でした。
 
 
でも、これ、『平家物語』のお話なので、史実とは限りません。

 
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  ↓

 
 

 

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