藤原道長はどんな人物で何をした人?「摂関政治」に注目しよう!

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藤原道長は、平安時代の権力者としては、もっとも有名な1人ではないでしょうか?
 
有名な和歌がありますよ。
      ↓↓↓
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
 
「この世は私の思うがまま~!」というなんとも自信満々な内容の和歌です。
でも、これ、実は、本人が記録に残したんじゃないんですよ。
 
この和歌は、道長が酔っぱらって調子に乗って言ったのを、彼と仲の悪かった部下の藤原実資が、日記に残したものなんです。藤原実資の日記は、暴露話が多くて笑えます。
 
でも、天皇でもないこの人は、なぜこんなに権力を握ることができたのかな?
 
不思議ですね。(´・ω・)

 

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藤原道長ってどんな人?

 

 
藤原道長は、平安中期の貴族です。
 
生誕 966年
死没 1028年
 
藤原鎌足って聞いたことがあるでしょうか?
 
中臣鎌足と言われていた人で、中大兄皇子(後の天智天皇)に仕えた人です。
 
その藤原鎌足の子孫が藤原氏として残り、平安中期に宮中で大きな権力を握るようになります。
 
そして、その最盛期を迎えたのが、藤原道長の時代なのです。
 
実は、彼は3男で、もともと長兄の藤原道隆が父の後、関白職を継いでいました。
 
ですが、道隆は早世し、その後を継いだ次兄の道兼も、10日余りで急逝します。
 
2人の兄が、相次いで夭逝したという運もあって、道長は権力を握ることができたのです。
 
ちなみに、平安時代は、今よりずっと医療が発達していなくて、健康状態も悪かったので、多くの人が、ちょっとした病で亡くなっています。
 
運と実力、これを兼ね備えることが、大事だったのでしょうね。

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これでわかる!摂関政治

 

 
歴史を習っていると、「○○政治」というのが、いくつか出てきます。
 
平安時代中期は、摂関政治ですよ!
 
摂関というのは、摂政と関白の頭文字を取ったものです。
 
つまり、摂政や関白が行う政治だよって意味なのです。
 
じゃあ、摂政と関白って、どう違うの?となりますね。
 
● 摂政ー天皇が幼い場合、または女性の場合に代わりに政治を行う人のこと。
● 関白ー天皇が成人した後もずっと、代わりに政治を行う人のこと。

 
つまり、天皇が統治者としてしっかりしていない場合の代理人なのです。
 
でも、すごく重要で権力を一身に握ることができる役職ですね。
ですから、摂政や関白は、誰でもなれるわけではありません。
 
この役職は、もともとは、天皇の血筋を引く人が選ばれていたのです。
 
その後、藤原良房が天皇家以外で初めて摂政となってから、藤原氏の摂関政治が続くことになりました。
 
この場合、天皇の母親の親、つまり、天皇の祖父に当たる場合が多いです。
 
ちなみに藤原道長は、4人娘を天皇に嫁がせ、3人の孫を天皇にして摂政として君臨しました。
 
この制度があったから、藤原道長が天皇の血筋でもないのに権力を握れたのです。
 
「この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば」
 
(この世は私のためにあるようなものだ。満月のように足りない所は何もないと思えるから。)
 
有頂天になるのも、無理ないわなって感じですね。(´・ω・)

 

文化芸術の保護者でもあった

 

 
藤原道長は、権力者として、権謀術数にたけた人ではありましたが、文学や芸術を見る目もあったのですよ。
 
特に、一条天皇の中宮となった娘・彰子のサロンには紫式部・和泉式部・赤染衛門など、文学史に残る才媛の名が連なります。
 
つまり、彼の時代に、平安中期の女流文学が花開くのです。
 
藤原道長が紫式部を重んじていたのは有名で、「源氏物語」の熱心な読者だったともいわれますよ。彼は、主人公「光源氏」のモデルだったともいわれています。
 
ただし! 「光源氏」のモデルは、彼1人ではなく、百人一首で知られる「源融」など、複数の人のエピソードを参考にしたものと思われますよ。

 

まとめ

 
● 藤原道長の功績
 
★4人の娘を天皇の妻にし、3人の孫を天皇とし、祖父として権力を握った。
 
★娘のサロンに才女を集め、平安中期の女流文学・和歌が花開く基盤を作った。

 
藤原道長の後、息子の藤原頼通の時代になると、摂関政治に陰りが見えてきます。頼通は、娘が男子を生まなかったため、外戚として権力を持つことができませんでした。また、刀伊の入寇・平忠常の乱・前九年の役など戦乱も相次いだのです。
 
それから、政治は、院政へと進み、やがて、武士が台頭してきます。
 
頼通は、京都・宇治にある平等院鳳凰堂を完成させた人としても、知られます。

 

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