坂本龍馬が寺田屋で襲われたとき、妻になるお龍もいた理由

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こんにちは。
 
前回は、坂本龍馬の「寺田屋事件」について書きました。
 
 
坂本龍馬は、
 
1866年、「寺田屋事件」では、負傷したけど薩摩藩邸に匿われてセーフ!
1867年、「近江屋事件」で、暗殺されてしまいます。
 
 
寺田屋は伏見の舟宿で、近江屋は京都市内の河原町にあった宿ですよ。
 
寺田屋事件のとき、坂本龍馬は長州藩から護衛役を任されていた三吉慎蔵と共に薩長同盟の成功に立会って、大阪から伏見の寺田屋に帰って来た日でした。
 
いち早く、宿が囲まれていると察知できて、彼らは応戦し、逃げることができたのです。このとき、一番早く気付いたのは、この事件の後すぐに龍馬と結婚するお龍(りょう)だったそうですよ。
 
ほんとの話だったら、お龍さんがいてよかったですね。
 
寺田屋事件は、こちらで説明しています。

寺田屋事件を簡単に説明!坂本龍馬は寺田屋では暗殺されていない

 
 

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寺田屋が薩摩藩の定宿だった理由

 

 
寺田屋の主人は、寺田屋伊助という男でした。
でも、この伊助、大酒飲みで京の妾のところに入り浸っていて、35歳のときに病で亡くなったといわれます。(異説あり)
 
 
その後、妻のお登勢が、一人でこの舟宿を切り盛りしていたのでした。
お登勢の実家は、近江の旅籠でした。もともと宿屋の娘だったんですね。
 
 
お登勢は、趣味が「人の世話をすること」というほど、面倒見のよいアネゴ肌の女性だったようです。
 
そして、龍馬の手紙には、かなり学識があった人にように書かれています。
 
彼女は、幕府の役人によく思われていなかった、薩摩藩の尊王派志士たちを、手助けしたり、かくまったりしていたのです。なので、奉行所に呼び出されて、取り調べをされたこともあったのですが、毅然とした態度で、やり過ごしたのだそうですよ。かっこいいですね。
 
 
それに、寺田屋の舟は、船頭8人体制で漕いでいたので、近隣の宿の6人漕ぎの舟より、大阪から速く着いたのです。大阪―京都間の急行列車のような便利さだったのでした。
 
 
そういう理由から、寺田屋は、薩摩藩の定宿になっていたのです。

 
 

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寺田屋の女将・お登勢とお龍(りょう)の関係

 

 
坂本龍馬は、薩摩とのつながりから、お登勢に面倒を見てもらっていたのでした。そして、彼女を母親のように慕っていたそうです。というのも、お登勢宛ての龍馬の手紙は、ほとんどが泣き言や頼み事だったそうなんですよ。
 
 
そして、龍馬の妻となるお龍(りょう)は、この寺田屋で養女「お春」として、面倒を見てもらっていたのです。
 
 
それで、寺田屋事件のときも、その場にいたんですね。
納得です!
 
 
ちなみに、寺田屋事件で、伏見奉行の手の者に宿が包囲されたとき、お龍はお風呂に入っていて始めに気付いたといわれています。
 
お龍さんは、ほとんど全裸で2階にいる龍馬のところへ駆け上がったというのが、ドラマや映画の「お約束」ですよ~。
 
そして、たいてい、はだしの足元だけ映されます。(笑)
 
 
ところで、この寺田屋事件のとき、乱闘で寺田屋の建物に被害が出たんですけど、薩摩藩から、すぐに修復のための費用や迷惑料、そして、口止め料が送られたそうです。
 
さすが薩摩藩、そつのない対応です。
 
 
お登勢は、1877年に48歳で亡くなりました。
 
伏見には、現在も「寺田屋」がありますよ。
 
でも、お登勢さんが経営し、坂本龍馬や薩摩藩の人たちが泊まった「寺田屋」は、「鳥羽伏見の戦い」で全焼しています。
 
なので、この写真に載せている「寺田屋の写真」は、明治に入ってから再建した別の建物なのでした。といっても、明治時代の物なので、レトロ感ありますけどね。
 
 
事件でついたといわれる刀傷や、お龍さんが入ったとされるお風呂があるんですけど、それらは観光客用に、宿の主人が作ったものです。
 
勘違いしそうですね。

 
 

まとめ

 

 
寺田屋のお登勢さんと寺田屋の特徴をまとめました。
 
★お登勢は、とても世話好きで面倒見の良い女将だった。
 
★薩摩藩士の手助けをし、近隣の宿よりも舟のスピードが速かったこともあって、薩摩藩の定宿になっていた
 
★坂本龍馬は、薩摩藩を通じて寺田屋に泊まるようになった。
 
★お登勢が信用できる女将なので、奥さんになるお龍の世話をしてもらっていた。

 

 
 

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寺田屋事件を簡単に!坂本龍馬は「寺田屋」では暗殺されていないよ

 

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