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【アンデルセンの銅像】

 
こんにちは!
 
「アンデルセン童話」は、19世紀始めにデンマークで生まれたハンス・クリスチャン・アンデルセンが創作した童話です。
 
 
元々あった民間伝承をアレンジしてまとめた「グリム童話」や「ペロー童話」とは、作られ方が違うんですよ。
 
 
アンデルセンは詩人だったので、切なく美しい詩情が感じられる素敵な作品が多いです。
 
 
今回は、その中でも結末が結構怖い「赤い靴」について!

 
 

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『赤い靴』のあらすじ

 
 
「赤い靴は何を示しているのかな?」「 宗教的な教訓は何かな?」と考えながら読むと、アンデルセンの伝えたかったことがぼんやり見えてくる感じがしますよ。
 
 

(1)貧しい娘カーレン

 

 
かわいい女の子カーレンは、母親と2人で貧しい暮らしをしていました。着るものも粗末で、夏は裸足で冬は厚い木靴をはいていました。
 
 
やがて体が弱かったお母さんが、死んでしまいました。カーレンは、お葬式に村の靴屋の奥さんが赤い古切れで作ってくれた靴をはいて参列しました。
 
 
そのとき、馬車で通りかかったお金持ちのおばあさまが、カーレンを目にとめ、あわれに思って引き取ってくれました。そして、カーレンには新しい服が与えられたのです。赤い靴はくたびれていたので捨られました。
 
 
カーレンは、それまでできなかったお勉強や裁縫をすることができ楽しく暮らせるようになりました。

 
 

(2)カーレンの赤い靴


ある日、王妃さまと王女さまがこの国を訪れました。カーレンは王女さまがはいておられた美しい赤いモロッコ革の靴に、目を奪われました。
 
 
堅信礼(10代半ばのユダヤ教の儀式)を受けるる年頃になったカーレンは、新しい靴をこしらえるためにおばあさまと町の靴屋に行き、そこで王女さまのとそっくりのエナメル製の赤い靴を見つけました。
 
 
堅信礼には黒い靴をはいていくのが決まりでしたが、おばあさまは目が悪かったのでそれが赤い靴と気づかず、カレンにその靴を買ってあげました。
 
 
カーレンはそれをはいて教会に行きましたが、礼儀に合わない赤い靴だったのでみんなに注目されます。
 
 
堅信のあとカーレンの靴が赤色だったと分かったおばあさまは、これからは教会へ必ず黒い靴で行くようにとカーレンを叱りました。
 
 
しかし、聖餐式(せいさんしき)の日、カーレンは黒い靴と赤い靴を見比べて「やっぱり赤い靴のほうが素敵」と思い、また赤い靴をはいて出かけてしまったのです。
 
 
教会の戸口のところに、赤いひげを生やした老兵が松葉杖をついて立っていました。老兵は、「踊るとき、靴がぴったりと足についていますように」と言って、カーレンの靴底を手でペチペチたたきました。
 
 
教会に入ると、銅像までいっせいにカレンの赤い靴に注目しました。
 
 
式のあいだも自分の靴のことばかり考えてお祈りも忘れていたカーレン、帰るときに馬車に乗ろうとしたとき、あの赤ひげの老兵が「きれいなダンス靴じゃな」と言いました。
 
 
すると、カーレンはの足はひとりでにダンスのステップをし始め、どんどん踊り続けました。
 
 
御者がカーレンの体を押さえて、みんなで無理やり靴をぬがせると、足はようやく踊るのを止めました。

 
 

(3)踊り続けるカーレン


そのうちおばあさまが重い病気にかかり、カーレンがそばでお世話しなければならなかったのですが、カーレンは町の大舞踏会に呼ばれていました。
 
 
「赤い靴をながめるだけならいいわよね」と思い、カーレンは戸棚から赤い靴を出してながめました。
 
 
そうすると、次は靴をはきたくなってきて、「はくだけならいいわよね」と思い、赤い靴をはきました。
 
 
すると、もうカーレンの足は踊りださずにはいられなかったのです。
 
 
カーレンの足は勝手に踊りだし、行きたかった舞踏会とは反対の方に行き、町の外へ出て暗い森のなかへずんずん入りながら踊り続けます。
 
 
森の中に、あの赤いひげの老兵がいました。
 
 
「きれいなダンス靴じゃな」というので、カーレンはびっくりして靴を脱ごうとしますが、靴は足にぴったりくっついて離れません。
 
 
それから、カーレンは晴れの日も雨の日も昼も夜も、どこまでも踊り続けたのでした。
 
 
ある夜、カーレンは踊りながら墓地に行きつきました。教会の入口のほうに行くと、天使がそこに立っていました。
 
 
白い長い着物を着て肩から大きな翼をはやし、手には光る剣を持った天使は、「骸骨になってしまうまで踊い続けなさい」と、厳しい顔をして言いました。
 
 
ある朝、踊りながらおばあさまの家から棺がはこび出されるのを見て、カーレンはおばあさまが亡くなったことを知ります。それでも、足は踊り続けました。
 
 
いばらの中に入るとあちこちから血が流れ、まるで赤い服を着ているようになりました。荒野を横ぎると小さな家が見え、その家には斧で人間の首を切りおとす「首切り役人」がいました。
 
 
カーレンは、窓ガラスをたたいて踊りながら話しかけ、首を切られると罪を悔い改めることができなくなるから、どうかこの赤い靴ごと私の足を切り落としてくださいと頼みます。
 
 
首切り役人は、赤い靴をはいたままのカーレンの両足を切り落としました。
 
 
靴はカーレンの足を入れたまま、森の奥深くへ踊っていってしまいました。

 

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(4)神様のもとへ行くカーレン

 

 
カーレンは罪を償いたいと思って教会の入口へ行きました。すると、あの赤い靴が、カーレンの足をつけたままそこで踊っていたのです。
 
 
カーレンは心の底から罪を悔い改め、神父さんの元に行きここで働かせてくださいと頼みました。
 
 
給金など要りません、心の正しい人々とひとつ屋根の下で暮らしたいのですと頼み、使ってもらえることになりました。
 
 
カーレンはよく働いて子供たちにも好かれましたが、子供たちが服のことや美しくなることなどを話しているときは、ただ首を横に振りました。
 
 
日曜日に教会へ行こうと言われますが、足のせいで断り、ひとり悲しく賛美歌の本を読んでいるとオルガンの音が聞こえてきました。
 
 
カーレンの心は穏やかでした。「これも神さまのお恵みでございます」カーレンはそう言って、オルガンの音や子供たちの合唱の声に耳を傾けます。
 
 
お日さまの光が窓からあたたかく流れ込みました。カーレンの心は光と喜びであふれ、はりさけてしまいました。
 
 
カーレンの魂は明るいお日さまの光にのって、神様のところへとんでいったのです。
 
 
もうあの赤い靴のことをたずねる者は、1人もいませんでした。

 
 

【教訓】「傲慢の罪」を償いなさい


「アンデルセン童話」で示されている【教訓】は、ほとんどが古典的な「キリスト教の道徳観」です。
 
 
だから、キリスト教徒でない日本人がさらっと読むと、なんだかひどいなーと思えることがあるのです。
 
 
この『赤い靴』には、キリスト教の「七つの大罪」の「傲慢」の罪が描かれています。
 
 
自分のおしゃれ心やきれいに見せる事ばかりを優先していたカーレン。教会にさえ赤い靴をはいていき、おしゃれで頭がいっぱいでお祈りをしなかったカーレン。
 
 
カーレンの一連の行動は「虚飾」によるものです。そして、「虚飾」は「傲慢の罪」に当たるのでした。
 
 
キリスト教の道徳で考えると、両足を切り落とされたのはカーレンの当然の罰だったといえるのです。
 
 
そして、それを悔い改めたのち、カーレンには神の許しが与えられたのでした。
 
 
死んでしまってますが、キリスト教的には「めでたしめでたし」なんでしょう・・・ね。(´・ω・)
 
 
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